悔いのない人生を送るための魔法の言葉「明日って、あと何回来るんだろう?」|「俺が0歳の時、実の父は死にました」そこから学んだ、自分の生き方。

あなたは、ちゃんと悔いのない人生を生きていますか?

いつも”俺的デザインログ”を読んで頂きありがとうざいます。どもども、PEITAデザインブロガー@PEITAです。

もちろん悔いのない人生なんてない!って思われるでしょうけど、その“悔いの残ること”を少しでも少なくすることで、より良い人生につながると思います。

僕は、死んだ実の父のおかげで、100%ではないけれど、悔いの少ない人生を送り、”自分の生き方”ができています。

今回は、俺の”実の父の死”を通して、悔いのない人生とは何か?“悔いのない人生にするためには?”という方法を、”魔法の言葉”を使いながら、紐解いていければと思います。

これから話す”実の父の死”は、俺にとっては辛い過去ですが、もちろん俺よりも辛い経験をされている方はこの世界中にたくさんいると思います。

でも、あなたがこれから生きる人生の中で、俺が感じた思いや感情が少しでもあなたの”生きること”の参考になれば幸いですし、そうなるようなアウトプットを意識して書いていきたいと思います。

海のように広い心でお読み下さい。そして、宇宙のように広く、ブラックホールより深い心でお願いします。

実際に、僕は”実の父がいない人生”を経験している最中ですので、これからその事実に対して、自分の心の成長とともに、考えや思い、捉え方が変わっていくかもしれません。

今感じている思いと、そのことで学んだ“自分の生き方”について書いて生きます。

実の父が死んだ理由

僕が0歳の時に父が死んで、それから20年たった20歳の時に、母から”父親の死の理由”について聞かされました。

そして、感情が壊れ、涙が溢れました。

今でもこの話を思い出すと、泣きます……だから、この記事を書きながら、俺は泣いていますので、お気遣いなく。あなたには僕の姿は見えないけれど。

それでは、簡単に実の父と母の紹介をしながら、”実の父が死んだ理由”を書いて生きます。

母とは社内恋愛から結婚へ

当時、母も父も大阪在住。当時は、二人とも◯◯銀行の銀行員でした。

社内恋愛ということですね。

母から父の印象を聞いたところ、それはそれは優しくて怒らない大らかな人で、いつも笑顔で元気いっぱい!

誕生日やクリスマスに限らず、よくプレゼントやおみやげをくれる人だったと聞いています。

また、父は会社の中でも、人気者で、同僚や部下から熱い熱い信頼を得ていたようでした。

女性からもアプローチされることが多かったようで、母はいつも気が気じゃなかったと聞いています。って、「そんなキモい話はいらん」って、その時母に言いましたw

そして、二人は結ばれ、父が26歳、母が21歳の時、二人に可愛い赤ちゃんができました。

僕ですね。

しかし、これから母と父、そして子(僕)の3人で、幸せな生活を始めようとした矢先…

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その日は、突然やってきました。

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何気ない母のわがまま

あの日、初めての子育ての疲れから、母がちょっと体調を崩していたそうです。

体調が悪いので、食事を取れない状況だったんですが、母が大好きだったというプリンを、その時急に母が食べたくなって「今すぐプリンが食べたい」と父にわがままを言うと、父はすぐに「わかった。ちょっと買ってくるから待ってて!」といって、バイクでプリンを買いに行ったそうです。

近くのお店までは、バイクで5分ほどの距離で、買い物する時間と往復を考えても、20分くらいです。

しかし、父は……30分経っても帰ってきませんでした。

母は徐々に心配になっていきました。

なんだか胸騒ぎがして、本当に胸の避ける思いで、父の帰りを待っていたそうです。

そして、父がプリンを買いに行って、1時間が経とうとしていた時……

自宅の電話のベルがなりました。

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母がその電話を受けると、「○○さんですか?ご主人さんの件なんですが……」と、警察から連絡がありました。

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母に…父の死が告げられました。

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母は、気が動転していて当時のことはほとんど覚えていないそうですが、小さかった俺を抱きかかえ、歩くことさえままならない精神状態で、必死にどうにか事故現場まで行ったそうです。

事故の原因は、電車との衝突事故

事故死でした。

救急車に運ばれていく、もう二度と息をすることのない父と、電車との衝突の衝撃で潰れたバイクを見ながら、俺を抱きかかえる母。

とても現実とは思えない、信じられない状況の中……

母は、悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない、自分の胸を突き刺したいほどに、責め立てる感情が込み上げてきたそうです。

父の命とぐちゃぐちゃのプリン

それは、自分が大好きだったプリンひとつのために…

他愛もない、子供のようなわがままを私が言ったせいで…

私はこの世で一番、大切な大切な、最愛の人を

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失ってしまった。

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悔やんでも悔やんでも悔やみきれない後悔。

母は人生に絶望しました。

そして、警察の方から渡された父の遺品にもなってしまった買い物袋の中に……

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グチャグチャになったプリンがあったそうです。

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父は、母に早く元気になってほしいという思いだったんでしょうね。

でも、少し慌てていたんでしょうか。

何か考え事や不安を抱えていたんでしょうか。

父は、母が大好きだったプリンを、お店で買った帰り道に、帰らぬ人になった。

母は……泣きながら、そのグチャグチャになったプリンを、大事に大事に、最後まで食べたそうです。

だって、そのグチャグチャになったプリンは……

父が母に渡した、最後のプレゼントになってしまった……

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当時の母の思い、死んでいった父の思いを想像するだけで、とても切なくなります。

僕が生まれて数ヶ月で、今から家族で辛いこと悲しいこと、そして幸せな人生を、一緒に歩いていこうとした矢先の出来事でしたので。

本当に、命の儚さ、命の尊さ、そして人生の不平等さを、誰かのせいにしてしまいたいほど、母は自分を憎んだでしょう。

そして、僕に対して、本当に申し訳ない気持ちで、いっぱいになったことでしょう。

人生がこんなに悲しくても

最愛の人を失っても、僕のために母は生きなければならなかった

そんな悲劇が起ころうと、母は俺のために生きていかなければなりません。

悲しんでばかりはいられない、前を向かなければならなかった。

どうもがいても変えられない現実、心の真ん中に深く深くつき刺さった悲しい現実。

それに母はちゃんと向き合い、俺のために顔をあげてくれました。

父が生前に言っていた「息子には自分らしく生きてほしい」という言葉だけを頼りに、母は俺を育ててくれました。

自分らしく

だから、ろくに勉強もせず、遊び呆けても、怒られることもなかったんで、自分が楽しいと思う事だけを優先にして、僕は生きてきました。

もちろん、今の段階で、勉強しとけばよかったなって少しだけ思いますがw

それでもその分自由にやらせてもらったから、幸せなんだよなっても思っています。

また、父の死んだ理由が”バイク事故”ということだったので、僕は幼い頃から「バイクには乗らないで」と、母に常々言われていました。

当時僕は、なんでバイクに乗ったらダメなのかな?と、もちろんその理由を分かっていませんでした。

そして「行ってきます」「ただいま」の言葉、その連絡をきちんとしなさい!と、そこだけはよく言われていました。

だから、僕は少々えげつないほど、心配性な性格になっています、あれま(笑)

飛行機とか、怖いですw

一時期、母には黙ってバイクには乗ってましたけどねw

とまぁ悲しいこともありましたが、母は再婚してますし、俺は現在の父を尊敬しています。

本当に感謝しているし、血の繋がりはないけど本当に深く愛されていると感じています。

死んだ父から助けてもらったこと

死んだ実の父の記憶はありません。けど、死んだ父が僕を助けてくれたことがありました。

先述した通り、実の父は僕が0歳と4〜5ヶ月くらいの時に亡くなりました。

ただ、僕には全く実の父の記憶がないものですから、“父の死んだこと”については辛いことですが、それほど差し迫って悲しくはありません。

でも、写真でしかその姿を見たことないし、永遠に声も聞けないし、永遠に父に触れることができないのは、本当に本当に残念で仕方がないです。

そして、自分には実の父がいないという状況だから、幾度も人生の岐路に立った時、ふと「実の父が生きていたら、どんな風に俺の背中を押してくれたんだろうか」と、寂しさや切なさ、悔しさ、そして怒りさえ覚えることがありました。

「お願い、父さん助けて」

そう呼んでも届かない、当たり前ですが、そう思っていました。

そして、実の父が死んだ年齢と同じ、26歳の時に、僕は”人生を読み間違えて、本当に人生に挫折した”ことがありました。

あの時はさすがに、気が変になっていました。

卵の梱包パックから、卵をひとつずつ冷蔵庫に移し替えようとした時に、卵を床に落としてしまったんですが………「俺は、卵を冷蔵庫に移し替えることさえ、当たり前にできない。生きる価値のないやつだな。」と、半ば強引に自分を”生きる”ことから、当てつけのように切り離そうとする感情が止まりませんでした。

毎日が絶望で、周りが見えない状況の中、実の父が残したギターに……

To father

I want to help. How to do is not understand.

Are you satisfied with this? What is love?

from your San

直訳すると、おかしな英文ですが、当時自分が捉えていた意味としては、「自分を助けてあげたいんだよ。でも、そのやり方が分からない。俺がこんなに辛い状況にあることに、あなたは満足していますか?愛って何ですか?」って感じです。

別に、英語が得意だった訳でもないんですが、”何か”に取り憑かれたように、日本語ではなく、英語でそう書き記していました。

つまり「お願い、父さん助けて」と。無意識でした。

そう書き記した後、夜も眠れず、ただ漠然と真っ暗な天井を見ていた時、母からいきなり電話がかかってきたんです。

あれは、確か朝の4:00過ぎだったと思います。

「大丈夫か?お父さんが来てくれたみたいだよ。お父さんの伝言で、”おまえは大丈夫だから、大丈夫だから”って言ってたよ」

母が寝ている時に、横で寝ていた妹が、「兄ちゃんなんかあったとかな?」と、母を起こしたそうです。

母が「なんで?」と聞くと、「兄ちゃんの死んだ本当のお父さんが今ここに来て”兄ちゃんは大丈夫だから、大丈夫だからな”」って話しかられたと言うのです。

……それを聞いた途端、俺は涙が溢れました。

「僕は大丈夫なんだ」

心から素直にそう思えました。

なんだか心霊体験まがいのことを書いていますが、なぜ僕がそれを信じられたのかには理由があります。

僕の妹は、小さい時から江原啓之さんとまでは言いませんが、あの世の人たちが見える“いわゆるスピリチュアル”な妹なんですよ。妹が小さい頃、よく家族には見えない”誰か”と遊んでいることが多かったですし、大人になっても、命なき人(過去も含め)たちのことが見えたり、死んだおばあちゃんのことも、死んだ愛犬のことも、その後の存在を、妹が示していてくれました。

例えば、お盆になると「あっ、ばあちゃんが墓に座ってるよ」とかw

ここで、妹のスピリチュアルな経験談を語ると途方も無い文字数になりますので、割愛しますが、その妹のスピリチュアルを実際に肌で感じていた僕は、すぐに”死んだ実の父が来てくれたこと”を信じられたんです。

僕のとこに来ても、一切そういうスピリチュアルな霊感のようなもはないので、

死んだ父からの伝言

死んだ実の父は、自分が見えるであろう妹のところへ行き、僕への伝言を頼んだんだと思います。

「助けを求めたら、実の父が答えてくれた”お前は大丈夫”だって」

僕は息を吹き返したように、前を向いて歩き出せました。

そのスピリチュアルの縁もあり、妹は今、葬祭ディレクターとして働いています。

当たり前のように明日はやってこない。

僕の父は”突然死”にました。

同情はいりません。

もう35年も前の話ですし、こんな悲しい思いは、皆さんもすでに経験していることだし、それ以上の辛い経験をされた方もたくさんおられるでしょうから。

でも………

「まさか自分には、そんなこと起こらないだろう」

まさか自分が今日死ぬなんて誰も思わない

死んだ実の父も、バイクを運転して、プリンを買いに行きながら、まさか自分がバイク事故で死ぬなんて思っていなかったでしょう。

または、

「自分が重い病になんてかかるわけがない」

「自分はかかったとしても、最悪な結果にはならない」

そんな風に漠然と思うことってありませんか?

そんな風に、当たり前のように思っていませんか?

みんな「自分は死なない」「死ぬのは自分以外の誰か」って思ってませんか?

自分は死ぬわけがない

いつものように朝が来て、いつものように陽が沈んで、いつものように夜が来て、そしていつものようにまた朝が来るって、思ってませんか?

でも、よく考えて下さい。

当たり前のように明日がくる保証はどこにもありません。

当たり前のように明日は来ません。

そんなこと考えたら怖いから!そんなこと考えてたら生きていけない!そんなこと考えてたら今日が楽しくない!とか、そう感じると思います。

でも、明日、死ぬかもしれない。

悔いのない人生にするには

では、あなたに質問です。

あなたは、いつか自分が死ぬと思いますか?

それは、今日ですか?明日ですか?

そんなこと分かるわけない!

そうですよね、いつ死ぬかなんて、誰にも分かりませんよね。

だけど、僕もあなたも、いつかみんな死にます。

それは、ドクターではない、専門家でもない僕が、100%の嘘偽りなしに約束します。

言われなくても分かってますけど?って思ったでしょう。

だからと言って、明日死ぬから「嫌だ!」「怖い!」などと、恐怖や不安にかられて生きていかなければならない!と言っている訳ではありません。

そうであるならば……

「いつ死ぬか分からない状況において、いつ死んでもいいように生きていく必要がある」

ってことだと思うんです。

この本(あした死ぬかもよ?)詳しく書いてありますが、明日死んでもいいように、もしくは今日死んでもいいように、人生を生きていく必要があるんじゃないですか?ってことです。

後悔を先に立たせない生き方をする

「明日死ぬ」

今を生きている、命あるあなたが、「明日死ぬ」という運命だということが、事前に分かってしまったら、どんな風に自分の人生について振り返りますか?

「いや〜本当に良い人生だったなぁ、全く後悔なんてないし、素晴らしい人生を生きました」

そう思いますか?

逆に、「後悔ばっかりして、いっぱい苦労したけど、小さな幸せに気づけて、良い人生だった。」って思う人もいるでしょう。

また「いやだー!何にもやりたいことできてないじゃーん!悔いの残る人生にしてしまったー」などなど(笑)

でも、そんなこと言ったってなんたって、あなたの人生が“明日で終わる”とします。

あなたのこれまでの人生は本当にどうでしたか?

後悔はない。悔いはない。全く無問題。

と思うかもしれません.。

いや、そう思いたいという思いが強いはずです。

でも、こう聞かれたらどうでしょうか。

生まれる場所、経験、死ぬ場所まで、すべてが全く同じ人生を、もう一度”生きたい!”と思いますか?

どうでしょうか?

あの時、こうしておけば良かったかもな…

あの時、ああしてみても良かったかもな…

言い出せばキリがないじゃん!ってなりませんか?

少しでもそう感じたのならば、”いかにして生きていくのか”を、ちゃんと自分に問う必要があるんじゃないでしょうか。

「どんな風に生きていければ、後悔しない人生を送れるのか……」

そういう風に、自分に質問を問いかけると、人はこう答えるんじゃないでしょうか

自分らしく生きる

「自分らしく」

「自分らしく生きる」

自分らしく生きていければ、それが後悔のない人生につながるんじゃないでしょうか?

そして、”自分らしく”という側面は、この森博嗣さんの著書(自分探しと楽しさについて (集英社新書))にも書かれているように、様々な捉え方があります。

でも、ここでは”自分らしく”という表現が伝わりやすいので、ここに”自分らしく=悔いのない人生”という定義づけをさせて頂き、考えさせてもらいます。

また、分かっているかと思いますが、「悔いのない=失敗のない」ではありませんよ(笑)

悔いのない人生において、”失敗するからしない”ではなくて、悔いが残るから”挑戦して失敗する”ことはありますので(笑)

それじゃ、自分らしくって何?

ちょっと考えてみて下さい。

自分らしく生きるということ

自分らしいことってなんですかね?

自分らしいことって、何についてですかね?

色々と思いを巡らせれば、様々な捉え方がありますが………

それは「なりたい自分になること」ではないでしょうか。

なりたい自分になること

それが「自分らしく生きる」ってことじゃないでしょうか。

”Simple is Best”ではありませんが、そう言えるんではないでしょうか。

自分らしく生きている!って、胸を張れない人生は、自分らしいとは言えない

生きていれば、色んな感情が、自分自身を折り曲げたり引っ張ったり、あらぬ方向に導いたりしてしまうことがあります。

そのせいで、我慢ばっかりしたり、不平不満ばっかり言ったり、今自分がいる環境を誰かのせいにしたり、そんなことをばかり言ってしまうことってよくありますよね?

でも、”自分らしく生きる”ってことを、よーく考えてみて下さい。

自分らしく生きることは、我慢をすることですか?

自分らしく生きることは、不平不満を言うことですか?

自分らしく生きることは、自分の置かれた環境を、誰かのせいにすることですか?

仮に、我慢ばっかり、不満ばっかり言うことが「自分らしい」というなら、それはそれでもちろんいいです。

でも、仮にそうだと言うなら、俺に教えてほしいです。

我慢ばっかりしていて、不満ばっかり言っている人生の何が楽しいんですか?

もちろん、どんなに自分らしく生きていたって、どんなに幸せな人だって、どんなにポジティブな人だって、どんな人だって、嫌なことや苦労はありますよね。

だから、我慢することや不平不満を言いたくなることはわかります。

でもでも、そんなネガティブな感情や思い、そして否定的な意識が、自分の人生にたくさん溢れてしまったら?

あなたは、その時「自分らしく人生を生きている」と言えるのでしょうか?

しかも、明日死ぬかもしれないんですよ?(笑)

でも、明日死ぬかもしれないのに、”今日という1日”を、そんな感情のせいで、不甲斐ない1日にしてしまうのは、あまりにも残念です。

だから、できるだけそういう気持ちを感じないような人生にしていきたいですよね?

自分の人生に胸を張れる1日を過ごしたいですよね?

悔いのないように生きる

あと何回、明日が来るんだろう。その魔法の言葉(問い)が「今日を変える」。

僕は、母から実の父の死の理由を聞いた時、何百年も前からずっと続いている世界中の悲劇(他人事だと思っていた)とシンクロして、初めて”明日が平等じゃない”ってことに気づかされました。

明日は無数にあるわけじゃありません。

明日には限りがあります。

そして、それは人によって変わります。

「あと何回、明日って来るんだろう?」

そんなこと気にしてたら生きていけないし!って、色んな人からディスられそうですが………

でも、それに気づいたら、“いつもと違う今日になる”はずです。

僕の父のように、難病を患う人のように、他人に命を奪われる人のように、自分で命を絶つ人のように、自然の摂理で命が終わる人たちのように……

そして、”今”を生きている私たちにとって……

「明日」というものは、決して平等ではありません。

ただ一つ、平等なこと………

それは「生き方」なんじゃないですかね。

その「生き方」は、それぞれの行動や意識に任されています。

明日に限りがあると思えたら、例えばどんな”生き方”ができるでしょか……

  • 朝、出かける時「行ってきます」と家族に必ず言うはずです。
  • いつもよりも増して、笑顔でいられるような1日にしたいはずです。
  • その日に会う人すべてに、感謝の気持ちを持てるはずです
  • 大切な誰かのための1日になるはずです
  • 今日のうちにできることを今日のうちに終わらせようとするはずです。
  • どんなに自分がつらい状況にあっても、大切な人に「愛してる」と言うはずです。

そして、”明日を生きるための最善の方法を探して、今日を一生懸命生きる”はずです。

明日が来ないと分かっていたなら、今日の友達とのカラオケの時、1曲1曲をもっともっと一生懸命歌えたし、明日が来ないと分かっていたなら、サッカーの試合のパスのひとつひとつ、シュートのひとつひとつが、もっと精度の高いものになっていたし、明日が来ないと分かっていたなら、買い物の時に買ったお肉を、外国産じゃなくて国内産のお肉にしたし、明日が来ないと分かっていたなら………

「明日って、あと何回来るんだろう」

そんな風に自分に魔法(問い)をかけるだけで、今日という1日が、こんなにも大切で愛おしい1日に変わる。

つまり、悔いの少ないより豊かな気持ちで人生を生きていけるはずです。

分かりやすく言えば、「明日すればいいか」ではなく、「明日のために、今日やろう」というマインドを持つことが、大切です。

だから、もしも人生に迷って、人生に悩んで、人生に疲れたら、自分で命を絶つという選択肢を持たずとも、いつかは自分が死ぬ身であるということを自覚し、それなら!どうせなら!自分らしく生きてやる!って、また生きていきましょう。

1人ひとり”生き方”は違うけれど、みんな同じように思ってるはずです。

「悔いのない人生にしたいから、自分らしく生きたい」って。

もちろん、100%できるわけありませんし、仮に100%やっていたとしても、102%は“まだまだ何かしたい””こうしたくなかった””選択を誤った”などという感情が揺れに揺れまくるでしょう。(笑)

つまり、悔いのない人生を送るために、悔いの残る“結果”は紙一重に必要だということでもあります。

悔いのない人生を送るために、全く悔いのないように生きることは不可能なんですからね。

だって、どんなに豊かな人生を歩もうが、抱いた夢が叶おうが、そこには後悔が存在し、嫌なことだってたーくさんあります。

でも、「明日って、あと何回来るんだろう」と自分に問えれば、今日という日の生き方が変わり、明らかにより豊かな人生に、より質の高い人生になっていくと思います。

悔いのない人生「なりたい自分になる=自分らしく生きる」ための3つのまとめ。

  1. 悔いのない人生になるように”自分らしい生き方”をすること
  2. 「明日って、あと何回来るんだろう」と自分に魔法(問い)をかけること
  3. 自分らしく生きるために”なりたい自分になる”こと

明日は必ず来るという保証はどこにもありません。

だから、その現実をしっかり自覚して、「明日って、あと何回来るんだろう」と魔法の言葉のように自分に問いかけることで、今日という日に”自分がやるべきこと=生き方”が見え、”自分らしい人生=悔いのない人生”になると思います。

自分らしく、より豊かな人生にするために大切なことは?というところで以下の記事に、その方法を具体的ご紹介していますので、合わせてお読み下さい。

【関連記事】人生を、より豊かにするために大切なこと|それは、夢を叶えることじゃなく、夢を描けるかどうかだと思う。だから、俺は人生でやりたいことリスト100を書いた。

【関連記事】人生を劇的に変える方法|俺の人生でやりたいことリスト100。

人は当たり前のように死ぬんです。

あなたも、当たり前のように死ぬ運命だから。

だからこそ、今日をより充実した日にする必要がある。

ありがたいことに、死んだ実の父よりも、僕は長生きをしています。

もちろん、九死に一生とまでは言いませんが、「うわ!今死ぬところだった」と、何度かそういう場面にあったこともありましたが、それは死んだ実の父が守ってくれていたんですかね。

死んだ実の父の分も、僕は生きる。

それは、明日命が終わるとしても、変わらない。

「生きること=長い年月」ではなく、

「生きること=いかに生きるか」が、すごく大切なんです。

あなたも、悔いのない、より豊かな人生を生きるために、今日を生きましょう。

|俺が読んだ本の中で、共感したものや参考になったものを以下にいくつかご紹介

では、またお会いしましょう。

see you next.

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